[PR]
2026年07月03日
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
関電の節電要請を拒否する!
2011年06月13日
関電15%節電要請を発表「7月~9月22日の平日9~20時」
2011.6.10 11:29 産経ニュース
関西電力は10日、管内の企業や家庭などすべての契約者に対し、7月1日から9月22日までの平日午前9時から午後8時まで、一律15%程度の節電を要請すると発表した。定期点検中の原子力発電所の再稼働が遅れており、電力不足に陥る可能性が高いと判断した。国から要請されていた東京電力や中部電力への電力融通も取りやめる。
融通せず生産シフト影響
東京電力や東北電力管内とは異なり、強制力を伴う電力使用制限令ではないものの、東日本の節電の動きが西日本にも波及することになるのは必至。製造業を中心に操業計画の見直しは避けられず、関西への生産シフトの動きに影響を与えそうだ。
関電は電力会社の中で発電電力量に占める原発の比率が約5割と電力10社のなかで最も高い。同社は福井県内に11基の原発を持つが、このうちの4基が定期検査中。同県が安全対策の強化を求めて再稼働に難色を示していた。
同日午前11時に会見した八木誠社長は「迷惑をかけることになるが、節電へのご理解をお願いしたい」と頭を下げたうえで、「大規模停電にならないよう、原発再稼働など供給力確保へ最大限努力をする」と述べた。
関西電力の言い様は成っていない。
こんな説明では、タダでさえ五月蝿い「上方人」は到底納得することが出来ない。
「上方人」は全く納得していない。
大体、「何故15%の節電が必要なのか?」と「需要と供給の具体的な数字が示されていない」のである。これでは、関電の言う「節電の要請」の根拠がまるで示されていない、といってもよいだろう。
これで、我々「上方人」を納得させることが出来ると思ったのならば、甘いとしか言い様が無い。
関電よ、まず夏場における「需要と供給のバランスの具体的な数字」を示せや!
そうでなければ、何故「15%の節電が必要なのか」全く分からんやろが!
我々上方人は「大人しい関東人や東北人」とは根本が違うのだ、上からものを言うような態度には「徹底的に反対する」そして「可笑しなことには断固として文句を言う」のだ。
関電はその辺を心してかかって来い!
無闇に「節電」「節電」と言う前に、その必要性をキチンと説明せいや!
そうでなければ、
関電の節電要請を
断固拒否する
2011.6.10 11:29 産経ニュース
関西電力は10日、管内の企業や家庭などすべての契約者に対し、7月1日から9月22日までの平日午前9時から午後8時まで、一律15%程度の節電を要請すると発表した。定期点検中の原子力発電所の再稼働が遅れており、電力不足に陥る可能性が高いと判断した。国から要請されていた東京電力や中部電力への電力融通も取りやめる。
融通せず生産シフト影響
東京電力や東北電力管内とは異なり、強制力を伴う電力使用制限令ではないものの、東日本の節電の動きが西日本にも波及することになるのは必至。製造業を中心に操業計画の見直しは避けられず、関西への生産シフトの動きに影響を与えそうだ。
関電は電力会社の中で発電電力量に占める原発の比率が約5割と電力10社のなかで最も高い。同社は福井県内に11基の原発を持つが、このうちの4基が定期検査中。同県が安全対策の強化を求めて再稼働に難色を示していた。
同日午前11時に会見した八木誠社長は「迷惑をかけることになるが、節電へのご理解をお願いしたい」と頭を下げたうえで、「大規模停電にならないよう、原発再稼働など供給力確保へ最大限努力をする」と述べた。
関西電力の言い様は成っていない。
こんな説明では、タダでさえ五月蝿い「上方人」は到底納得することが出来ない。
「上方人」は全く納得していない。
大体、「何故15%の節電が必要なのか?」と「需要と供給の具体的な数字が示されていない」のである。これでは、関電の言う「節電の要請」の根拠がまるで示されていない、といってもよいだろう。
これで、我々「上方人」を納得させることが出来ると思ったのならば、甘いとしか言い様が無い。
関電よ、まず夏場における「需要と供給のバランスの具体的な数字」を示せや!
そうでなければ、何故「15%の節電が必要なのか」全く分からんやろが!
我々上方人は「大人しい関東人や東北人」とは根本が違うのだ、上からものを言うような態度には「徹底的に反対する」そして「可笑しなことには断固として文句を言う」のだ。
関電はその辺を心してかかって来い!
無闇に「節電」「節電」と言う前に、その必要性をキチンと説明せいや!
そうでなければ、
関電の節電要請を
断固拒否する
PR
政治とは物語りは根本的に違う
2011年06月11日
村上春樹が東電と「効率社会」批判 スペインでのスピーチ内容に賛否両論
J- CASTニュース 6月11日(土)17時33分配信
世界的作家の村上春樹さんが2011年6月9日(現地時間)、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式でスピーチした。大震災で原発事故を起した東電を批判し、効率を求めてきた社会に疑問を投げかけた。ネット上では、賛否両方の意見が寄せられている。
グレーのジャケットをまとった村上さんは約22分間、よく通る低い声で身振り手振りをまじえながら日本語で話した。
■「核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」
スピーチの話題は必然的に、3月11日に東日本を襲った大地震のことに及んだ。村上さんは「大地震で日本人は激しいショックを受けたが、結局は復興に向けて立ち上がっていくだろう。壊れた家屋は建て直せるが、倫理や規範は簡単に元通りにはできません」などと指摘した。
その矛先は、原発事故を起した東京電力に向かう。原発事故による悲惨な結果を招いたのは、建設した者が津波を予想していなかったことなどを挙げたうえで、「何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったから」「政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます」などと批判した。
ただし、こうした「歪んだ構造」を「許してきた」、「黙認してきた」国民にも責任があり、加害者であると表現した。広島に落とされた原子爆弾を引き合いに、「核」への拒否感が揺らいだのは「効率」ではないかと持論を展開。「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です」「『効率』や『便宜』という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく『非現実的な夢想家』でなくてはならない」などと述べた。
村上春樹氏は作家である。所謂、物語を作るのが仕事である。物語とはいわば虚構である、虚構とは一般的に言えば嘘なのである。その嘘話しを作ることを生業にしている人が、作家と呼ばれる。
その村上春樹なる作家が、スペインで講演したらしい。氏の言っている内容は、「政治」問題で、エネルギー施策について批判をしている。
物語と政治とは根本的に違う。
政治とは現実問題である。明日のこと、一年後のこと、十年後のこと、あるいは百年後のことを踏まえて議論し結論を出し、施策を決めていくのが仕事である。
この議論→結論を出す、というのが政治の根本である。必ず結論を出さなければならない。
今の総理やハトヤマ元総理を除いて、政治家は常に現実を直視して解決方法を議論して結論を出す、それが政治家の常道である。
ただし、今の総理やハトヤマ元総理は「現実をキチンと見てない」総理であり、であった。だから、今の総理やハトヤマ元総理の評判はすこぶる悪いのは当然だ。
この評判の悪い今総理と元総理と本日の村上春樹氏は考え方が同じなのだと、感じている。
所謂、現実をキチンと見ない「逃避傾向」が見て取れるのである。
村上氏は「核」に対して「反対をし続けていればよかった」と述べている。
何時までも「広島・長崎」原爆を引き摺る悪しき例である。核兵器と「原発」は自ずと次元が違う、片や兵器であり片や「企業」である。決して「核」と「原発」を同じ土俵で論ずることは出来ない。
そもそも、福島原発の事故の本質は「原子力発電」にあるのではない。「原子力発電」にあるリスクを軽く見すぎてきたことに、事故の原因があり本質があるのだ。決して、「原子力発電」そのものが悪いのではない。
東京電力が「原発」にあるリスクを軽く見すぎてきたのが主犯で、それを見過ごしてきた「原子力委員会」や「原子力保安院」が共同正犯と呼ばれるべきなのである。
それをあたかも「原子力発電」そのものに原因があるが如き発言をする「村上春樹」の頭脳には、今総理とハトヤマ元総理と同じ「お花畑」が広がっているのではないかと、思えるのである。
村上春樹氏よ、原発を批判しても何も始まらない。原発こそが「資源のない日本」にとって唯一外国資源に頼らない「発電」なのである。それがいやならば、外国の資源に頼った「火力発電」に戻るしかないのだ。
火力に戻れば、電気料金は上がり、製造業も疲弊することは目に見えている。結果として日本の沈滞に繋がるのだ。
村上春樹氏よ、貴君は「作家」だ、夢物語の虚構を書いて世に発表している作家だ。しかし、政治は現実だ。目の前にあることを解決しなければならないのだ。日本の産業をこれから復興させる為には「電力」は不可欠だ、それをたいして「原子力発電」は「危険だから止めろ」というのは、所詮作家の発想だ。全く現実を見ていない。
作家は政治に口を出すな
作家は虚構の中に居ろ
J- CASTニュース 6月11日(土)17時33分配信
世界的作家の村上春樹さんが2011年6月9日(現地時間)、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式でスピーチした。大震災で原発事故を起した東電を批判し、効率を求めてきた社会に疑問を投げかけた。ネット上では、賛否両方の意見が寄せられている。
グレーのジャケットをまとった村上さんは約22分間、よく通る低い声で身振り手振りをまじえながら日本語で話した。
■「核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」
スピーチの話題は必然的に、3月11日に東日本を襲った大地震のことに及んだ。村上さんは「大地震で日本人は激しいショックを受けたが、結局は復興に向けて立ち上がっていくだろう。壊れた家屋は建て直せるが、倫理や規範は簡単に元通りにはできません」などと指摘した。
その矛先は、原発事故を起した東京電力に向かう。原発事故による悲惨な結果を招いたのは、建設した者が津波を予想していなかったことなどを挙げたうえで、「何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったから」「政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます」などと批判した。
ただし、こうした「歪んだ構造」を「許してきた」、「黙認してきた」国民にも責任があり、加害者であると表現した。広島に落とされた原子爆弾を引き合いに、「核」への拒否感が揺らいだのは「効率」ではないかと持論を展開。「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です」「『効率』や『便宜』という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく『非現実的な夢想家』でなくてはならない」などと述べた。
村上春樹氏は作家である。所謂、物語を作るのが仕事である。物語とはいわば虚構である、虚構とは一般的に言えば嘘なのである。その嘘話しを作ることを生業にしている人が、作家と呼ばれる。
その村上春樹なる作家が、スペインで講演したらしい。氏の言っている内容は、「政治」問題で、エネルギー施策について批判をしている。
物語と政治とは根本的に違う。
政治とは現実問題である。明日のこと、一年後のこと、十年後のこと、あるいは百年後のことを踏まえて議論し結論を出し、施策を決めていくのが仕事である。
この議論→結論を出す、というのが政治の根本である。必ず結論を出さなければならない。
今の総理やハトヤマ元総理を除いて、政治家は常に現実を直視して解決方法を議論して結論を出す、それが政治家の常道である。
ただし、今の総理やハトヤマ元総理は「現実をキチンと見てない」総理であり、であった。だから、今の総理やハトヤマ元総理の評判はすこぶる悪いのは当然だ。
この評判の悪い今総理と元総理と本日の村上春樹氏は考え方が同じなのだと、感じている。
所謂、現実をキチンと見ない「逃避傾向」が見て取れるのである。
村上氏は「核」に対して「反対をし続けていればよかった」と述べている。
何時までも「広島・長崎」原爆を引き摺る悪しき例である。核兵器と「原発」は自ずと次元が違う、片や兵器であり片や「企業」である。決して「核」と「原発」を同じ土俵で論ずることは出来ない。
そもそも、福島原発の事故の本質は「原子力発電」にあるのではない。「原子力発電」にあるリスクを軽く見すぎてきたことに、事故の原因があり本質があるのだ。決して、「原子力発電」そのものが悪いのではない。
東京電力が「原発」にあるリスクを軽く見すぎてきたのが主犯で、それを見過ごしてきた「原子力委員会」や「原子力保安院」が共同正犯と呼ばれるべきなのである。
それをあたかも「原子力発電」そのものに原因があるが如き発言をする「村上春樹」の頭脳には、今総理とハトヤマ元総理と同じ「お花畑」が広がっているのではないかと、思えるのである。
村上春樹氏よ、原発を批判しても何も始まらない。原発こそが「資源のない日本」にとって唯一外国資源に頼らない「発電」なのである。それがいやならば、外国の資源に頼った「火力発電」に戻るしかないのだ。
火力に戻れば、電気料金は上がり、製造業も疲弊することは目に見えている。結果として日本の沈滞に繋がるのだ。
村上春樹氏よ、貴君は「作家」だ、夢物語の虚構を書いて世に発表している作家だ。しかし、政治は現実だ。目の前にあることを解決しなければならないのだ。日本の産業をこれから復興させる為には「電力」は不可欠だ、それをたいして「原子力発電」は「危険だから止めろ」というのは、所詮作家の発想だ。全く現実を見ていない。
作家は政治に口を出すな
作家は虚構の中に居ろ
カンナオトに疑義有り
2011年05月12日
【櫻井よしこ 菅首相に申す】
2011.5.12 03:34 (1/4ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110512/plc11051203340002-n1.htm
今回の「浜岡原発」停止要請の根拠が全く明らかにされていない。唯一カンナオト自らが言った「東海地震発生の確率」が84%だということだ。だから、浜岡だけが危険で後の原発はOKなのだと言う。
だが、この手の地震予測は当てにならない。
以下は引用
<<
首相が引用したのは文部科学省地震調査研究推進本部の数字だったが、首相が本部長を務める福島原発事故対策統合本部も、30年以内に震度6強以上の地震が起きる各原発の、今年1月1日時点での確率を発表した。
その中に興味深いもう一つの数字がある。浜岡原発の危険度が84%と際立って高いのは同じだが、福島第1原発の確率は0・0%、福島第2原発は0・6%となっている
>>引用終了
今回の福島原発の事故を引き起こした「大地震」の確率は0.0%である。だが、地震による津波で「福島原発事故」は起きた。
したがって、東海地震の確率84%が危なくて、他が安全だという根拠にはならない。
浜岡原発を危ないとするならば、全ての原発が危ないとして停止する必要がある。
したがって、「浜岡原発だけが危ない」という根拠は、無きに等しいのである。
では何故、カンナオトは浜岡原発を止めたのか?
それは、中部電力の地区は日本の製造業が集中している地区である、トヨタやスズキなどの自動車関連産業などが多い。
そこの電力を減らすと言うことは、日本の製造業の足を引っ張るということに他ならない。
日本人よりも、支那や朝鮮の人々を大切にする民主党からすれば、日本の力を削ぐ良いチャンスと見たのだろう。
明らかにカンナオトは日本の製造業の力を削ぐ目的で「浜岡原発」を止めている。でなければ、「浜岡原発」停止の理由は見つからない。
カンナオトは理由無く浜岡原発止めた
こんな総理は必要ない、即刻罷免だ
浜岡停止要請の根拠
2011.5.12 03:34 (1/4ページ)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110512/plc11051203340002-n1.htm
今回の「浜岡原発」停止要請の根拠が全く明らかにされていない。唯一カンナオト自らが言った「東海地震発生の確率」が84%だということだ。だから、浜岡だけが危険で後の原発はOKなのだと言う。
だが、この手の地震予測は当てにならない。
以下は引用
<<
首相が引用したのは文部科学省地震調査研究推進本部の数字だったが、首相が本部長を務める福島原発事故対策統合本部も、30年以内に震度6強以上の地震が起きる各原発の、今年1月1日時点での確率を発表した。
その中に興味深いもう一つの数字がある。浜岡原発の危険度が84%と際立って高いのは同じだが、福島第1原発の確率は0・0%、福島第2原発は0・6%となっている
>>引用終了
今回の福島原発の事故を引き起こした「大地震」の確率は0.0%である。だが、地震による津波で「福島原発事故」は起きた。
したがって、東海地震の確率84%が危なくて、他が安全だという根拠にはならない。
浜岡原発を危ないとするならば、全ての原発が危ないとして停止する必要がある。
したがって、「浜岡原発だけが危ない」という根拠は、無きに等しいのである。
では何故、カンナオトは浜岡原発を止めたのか?
それは、中部電力の地区は日本の製造業が集中している地区である、トヨタやスズキなどの自動車関連産業などが多い。
そこの電力を減らすと言うことは、日本の製造業の足を引っ張るということに他ならない。
日本人よりも、支那や朝鮮の人々を大切にする民主党からすれば、日本の力を削ぐ良いチャンスと見たのだろう。
明らかにカンナオトは日本の製造業の力を削ぐ目的で「浜岡原発」を止めている。でなければ、「浜岡原発」停止の理由は見つからない。
カンナオトは理由無く浜岡原発止めた
こんな総理は必要ない、即刻罷免だ
麻生氏福島を元気づける
2011年03月25日
東日本大震災:麻生元首相、相馬市で地元産野菜を味わう /福島
毎日新聞 2011年3月25日 福島版
麻生太郎元首相は24日、相馬市で風評被害が広がっている地元産野菜を味わった。原発事故で一部野菜から放射性物質が検出され、汚染が確認されていない野菜も売れなくなっている。元首相はこれらシイタケやトマトを食べて「1年間摂取しても健康に影響はない。過剰反応は慎んで」と訴えた。
元首相は相馬家33代当主の相馬和胤さん(長野県在住)の義兄に当たる。市立中村第一小の避難所を視察し、被災者から「原発事故を解決して」「JR常磐線の復旧を急いで」などと要望を受けた。【阿部周一】
昔カン自身が行った「カイワレ」パフォーマンスとは大分違う。
「カイワレ」はカン自身の舌禍事件の消火のためのパフォーマンスでした。
しかし、今回は純粋に福島を勇気づけようと行ったことです。両者には明確な志の違いがあります。
カンより麻生氏が福島を勇気づけた
処分も出来ない幹事長
2011年03月02日
民主、欠席16人を「厳正」処分へ 「厳しい処置を確信」と枝野氏
2011.3.1 11:01 産経ニュース
エダノ官房長官がこのように吼えても
民主・安住氏「責任放棄だ。厳正に処置下す」 国民新・下地氏「今後の政局に大きな影響」
2011.3.1 07:20 産経ニュース
アズミとか言う民主党の国対委員長がこのように吼えても
結局、民主党のオカダ幹事長は、以下のような甘い処分しか出来ないのである。
造反組に「大甘」処分 岡田氏の「温情判決」も16人には届かず…
2011.3.2 00:16(1/2ページ)産経ニュース
平成23年度予算案の採決に欠席した16人に対する民主党のペナルティーは極めて“寛大”だった。予算案への「造反」は内閣不信任案への賛成に匹敵する反党行為だ。にもかかわらず15人を単なる厳重注意処分にとどめたのは予算関連法案採決での欠席や離党を思いとどまらせたいと考えたからだが、16人が執行部批判をやめる気配はない。もはや破局は決定的なのだが…。(加納宏幸)
「示しがつかない!」
造反組に対するペナルティーを議論した1日の党役員会。安住淳国対委員長は机をたたきながら16人への厳罰を主張した。前原誠司外相も「国民への反逆行為」と断じており、党内の怒りはすさまじい。
ところが岡田克也幹事長の考えは違った。
「彼らにもう一度チャンスを与えたい」
原理主義者として知られる岡田氏らしくない「温情判決」だが、役員会開催前から岡田氏は腹を固めていた。周辺は「誰が見ても甘いと言われますよ」と翻意を促したが、「これでいい」とかたくなだった。
「常識ある人から見れば軽すぎるだろうが、何にもやらねえってわけにはいかねえからな…」
党倫理委員長を務める渡部恒三最高顧問は常任幹事会後にこう語り、苦渋の決断だったことを強調した。
カン政権は崩壊する!もう誰もこの政権を相手にしていない
民主党の断末魔の叫び
2011年02月04日
玄葉氏「公約すべて支持して投票した人少ない」 解散要求に反論
産経新聞 2011/02/04
玄葉光一郎国家戦略担当相(民主党政調会長)は4日午前の閣議後の記者会見で、同党の衆院選マニフェスト(政権公約)を実現できない場合の衆院解散・総選挙を野党側が求めていることに対し、「基本的な理念が180度変わるなら別だが、そうでなければ解散にはつながらない。政権交代したときも、(マニフェストの)政策をすべて支持して投票した人は極めて少なかった」と否定した。
ただ、マニフェストの修正に関しては「見直すべきは見直し、堂々と謝るべきは謝る」と述べた。
一方、公明党の山口那津男代表が予算関連法案の大幅修正がない限り反対する意向を表明したことに対し、「公明党は国民生活と真(しん)摯(し)に向きあっていると信じている。具体的で前向きな提案をしてもらいたい」と語り、具体案が示されれば柔軟に検討する考えを示した。
「政権交代したときも、(マニフェストの)政策をすべて支持して投票した人は極めて少なかった」と民主党の玄葉が言い放った。
これは、民主党の断末魔の叫びとして受け取って良い。
やっぱり民主党には、所詮この程度の覚悟しか無かったのである。
この腐れ民主党を日本から追い出しましょう!
小人は革面する
2011年02月02日
「イラ菅」封印 透けて見える本音
2011.2.2 20:18(1/2ページ)
菅直人首相は1日に引き続き2日の衆院予算委員会でも「イラ菅」を封印し、何とか野党を「熟議の国会」の土俵に誘い込もうとして、厳しい質問にも低姿勢を心がけた。だが、これは表向きのポーズであり、本音と建前を使い分けていることが透けて見えるため、望む効果は得られそうにない。
「若干の言い過ぎがあったとすれば謝りたい」
首相は2日、社会保障と税の一体改革をめぐる協議に野党が応じなければ「歴史に対する反逆行為だ」と断じた1月の自身の発言について陳謝した。
民主党が平成19年、当時の福田康夫首相が呼び掛けた社会保障国民会議への参加をにべもなく拒否したことに対しても低姿勢に徹し、こう述べた。
「野党時代の対応を思い起こすと、いろいろな場面で反省が必要なところがあった。政局的に物事を考えがちだった」
だが、首相の対応が高飛車だったのは野党時代だけの話ではない。副総理・財務相だった22年3月16日の参院内閣委では、「熟議の国会」を求めた自民党の古川俊治氏との間でこんなやりとりがあった。
古川氏「多くの議員の意見を取り入れる。これが国会審議を活性化する本来の民主主義のあり方ではないかと思うが、いかがか」
菅副総理「私は、議会制民主主義とは期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだ、と思っている」
これが首相の持論であり本音なのだ。事実、この年6月に首相に就任し、菅内閣を発足させると予算委も党首討論も開かず、わずか1週間余で国会を閉じた。野党からは当然、国会軽視だとの批判が上がったが、7月の参院選で負けて「ねじれ国会」が出現するまでは馬耳東風だった。
この政治手法は党内でもいかんなく発揮されている。小沢一郎元代表の権勢が絶大だった昨年までの小沢邸新年会では自ら乾杯の音頭をとり、強制起訴が決まっていた今年は対抗して公邸で同日に新年会を開く露骨さだ。
「その場その場でいろんな発言をしているので、すべてに整合性があるとまでは言わない」
首相は1日の衆院予算委では、自身の過去と現在の発言の矛盾を突かれてこう認めた。いま問われているのは民主党の政策やマニフェスト(政権公約)の破綻よりむしろ、首相の政治家としての整合性そのものではないか。(阿比留瑠比)
この記事の着眼点は「カン総理」の低姿勢が見せ掛けだけだということ。そしてその根本にある問題は、民主党よりもカン総理の政治家としての整合性だとしています。
即ち、カン総理は果たして政治家としての資質があるかどうか、と言う点です。
カン総理は政治家か?
それとも野党時代の見せていた市民活動家の成れの果てか?
この部分を問うています。
事実、カン総理は参議院選挙で大敗するまで「独裁制を容認する」と言い放っています。この論で行くと、カン総理の頭には「熟議の国会」などは始めから存在しないのです。
それなのに、今「熟議の国会」とか言いながら、「社会保障と税の一体改革をめぐる協議に参加しない野党は歴史に反逆する行為だ」だと言っています。
それが、本日国会で「民主党が野党時代に自民党福田総理が提案した国民会議への参加を頭から拒否した事実」を指摘されるや否や、カン総理は「野党時代は政局ですべてを考えがちだった」と反省の様なことを口にしました
このように、カン総理は相手を見ながら態度をコロコロ変える、そのような人間だとみてなんら不思議は無いようです。
これでは君子豹変ならぬ、小人革面です
上っ面だけ変わっただけです
支那人船長不起訴は不当だ
2011年01月25日
中国人船長不起訴は不当」検審に申し立て
< 2011年1月25日 22:11 > 日本テレビ
沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、「那覇地検が中国漁船の船長を不起訴にしたのは不当だ」として、ジャーナリストらが25日、那覇検察審査会に起訴するよう審査を申し立てた。
審査を申し立てたのは、去年10月に海上保安官に対する公務執行妨害の容疑で中国人船長を告発していたジャーナリスト・山際澄夫さんら5人。那覇地検は21日、衝突に計画性がなかったことや、負傷者がいなかったことなどを理由に中国人船長を不起訴としていた。
山際さんらは「事件は極めて重大で、一歩間違えば大事故につながった可能性もある。不起訴は主権放棄に等しい」などと主張している。
考えて見れば、当り前ことである。
よその国の領海に入り、尚かつ警備艇に衝突させた船長を那覇地検は不起訴処分にした。
日本の領海に勝手に侵入しておいて、警備に当った感情保安庁の船に自船を体当たりさせてきた危険極まりない船長である。この船長を海上保安庁が逮捕して地元地検に渡し、拘留させていた。やがて起訴する判断を固め、拘留延長をした。
がしかし、その矢先、那覇地検はなぜか釈放したのである。
その挙句今度は「容疑者がいないので不起訴処分」だという。釈放しておいて「容疑者が日本にいない」という理由は真ともではない。このままでは日本の主権放棄であることことは明白だ。検察の判断は問われて当り前だ。
ついでになぜ、那覇地検が支那人船長を釈放したのかも追及して欲しい。この釈放劇に政府が関与にしていたならば言語道断である。
支那人船長の不起訴は不当!